5月14日から26日まで12日間、東京・新宿のギャラリーにて当社単独企画による展示会「漆×美 展」を開催しました。 一般むけの展示会ということで幅広い層のお客様にご来場いただき、直接お話をお伺いしたほかアンケートを通じてさまざまなご意見を頂戴することができました。
今回の展示では白塗りの製品をご紹介するコーナーをつくりました。漆というと黒や朱というイメージがあるので、お客様の関心が高かったコーナーのひとつです。 天然の「白漆」は白というより茶色がかったベージュ色をしています。 漆の樹液の色が半透明の茶色のため白の顔料を混ぜて色漆をつくっても真っ白にならないからです。 「白漆」コーナーの隣に「合成塗料による白塗り」の製品をならべました。合成塗料はあらゆる色が出せるので文字通り真っ白の器になります。 ご来場のお客様はまずこちらに目がいく方が多く「これが漆?」とご質問いただくので、漆ではこの白はでないこと、白漆との違いをご説明しました。 意外なことに合成塗料の白で塗った吸物椀や重箱は「使いやすそう」「洋のテーブルに合わせやすい」と概ね好評でした。一方でベージュ色の白漆に対しても、 特にインテリアやデザインに関心が高いお客様から「今までに見たことがない美しい色」と絶賛の声がありました。 またお客様のご意見によりベージュ色の「白漆」製品には縁や内側に金色や朱色を塗り、 真っ白な「合成塗料の白」には黒を組み合わせて使うことでそれぞれの白が一層引き立ち、モダンな生活様式にも受け入れやすいこともわかりました。 この展示を通じて感じたことは、漆か合成塗料のどちらがよいかということよりも、 それぞれのよさを引き出すご提案をしてお客様に選んでいただくことが大切であるということでした。
今回の展示会では、大型モニターを使って会場に展示している製品の製作風景をビデオ放映する試みを行いました。 完成品を手元に見ながら製作風景をあわせて動画でご覧いただくことにより、 お客様から「こういう風に漆器が作られているとは知らなかった」 「漆に対する理解が深まった」というお声を多くいただきました。ショーケースに入れられて 「漆は高級品」と価格だけに目がいきがちな漆器の世界ですが、 経験と環境が整って初めて完成する匠の世界を少しでもご理解いただけるよい機会となりました。
また「本堅地(ほんかたじ)」という伝統的な堅牢(けんろう)仕上げをご理解いただくために、 新作の高級漆塗りアトマイザー「漆香器・継承」を例にしながら工程ごとの途中までのサンプルを10種類ほど使い、 直接手で触っていただくコーナーをつくりました。漆器というと一般的に塗り重ねる回数が重要というイメージがありますが、 「地付け」「下地」「中塗り」等、異なる漆を使って異なる職人の手で塗り重ねる工程をご覧いただき、 回数だけではその漆器の良さはわからないことをご説明いたしました。お客様に直接産地の工房まで来ていただくことがなかなか難しく、 温度や湿度などの環境面で漆塗りの実演をすることも難しい消費地・東京において私たち産地メーカーがお客様に漆器のすばらしさや価値を よりわかりやすくお伝えするには、動画などの現代テクノロジーの活用や工程ごとのサンプル展示はとても有効であると感じました。
■漆塗りアトマイザー「漆香器」の工程は専用ホームページでご覧いただけます。
(コチラをクリックしてください)http://www.shikkouki.com/
合成塗料と異なる天然漆の特徴のひとつに「良くも悪くも色が変わる可能性がある」ことがあげられます。 「可能性がある」というのは、天然塗料である漆は漆器として完成したあとも経年変化を続けていく「いきもの」であり、 同じ条件下でも「変わる時」と「変わらない時」があるからです。 展示会にご来場のお客様から色についてのご質問を多くいただきましたので代表的なお声をご紹介します。
「毎日使っている汁椀の内側の黒色がグレーに変色してしまった。」 黒色の漆は漆に鉄分をいれて化学反応により黒を表現していますが、熱い汁ものをいれて繰り返し 使用することが原因で鉄分の色そのものが変化したと思われます。漆自体は熱に強いので製品としてはこのまま 使っていただいても問題がなく、どうしても変色が気になるようなら塗りなおしをおすすめしています。 内側が朱色の汁椀はこの変化が目立ちにくく漆器としては朱色の汁椀が多い傾向があります。 お客様の使い方や環境によって変色しないケースもあり、当社ではお料理を美味しく 引き立てる「黒」の汁椀も積極的におすすめしております。
「古くから使っている赤の漆器が、どんどん鮮やかになる」これは漆の良い変化といえます。 生漆の色は茶色がかった半透明色をしていて、これに朱の顔料をいれて赤い漆をつくります。完成後もすすむ 「漆の硬化作用」によって茶色がより薄く透明に変化するため、朱の顔料が鮮やかに表にでてくるからと考えられます。
「美しい白漆はなぜ世の中に出回らないのか」白漆は特に変色が目立つ色です。 塗った当初は茶色が強くでている白漆が時間とともにミルクティ色へと変化します。 理由は上記の赤と同じです。新品の在庫商品でも色が変化するので同じ色でそろえたいという お客様に対しては大変難しい色であり、つくり手泣かせの色となります。「色が違うところが本物の証明」と お客様にご理解いただけるならば、白漆はとても価値があり、もっと市場に登場する色になるだろうと考えています。
展示会は直接エンドユーザーのお客様と漆器づくりのお話をしてご意見が聞ける絶好の機会です。 漆器の国内生産額がピークをむかえた約20年前に「漆器はたくさん買ったよ~」とお話されるお客様からは、 「既に持っているから」「(娘さんなど)今の若い人たちは使わないだろうから」と 新たに漆器を購入しようという気持ちがわかないといったご意見を多くいただきました。 ライフスタイルの変化と個人ニーズの多様化、さらには最近の景気低迷によって「使いづらい印象」 「高級品」というイメージが強い漆器は購入を控える傾向にあります。こうした中においても日本が世界に誇る伝統工芸を維持、 発展させていくためには、産地の職人の仕事を絶やさないで続けていくことが必要になります。
当社では今回、食卓を飾る器という従来のジャンル以外にジュエリー、化粧品関連、 インテリアといった新しい分野への漆塗りの挑戦をご紹介しました。この取り組みは「漆」 を付加価値として生かすことを考えている異業種とのコラボレーション(協業)によって、 産地の漆塗り職人の仕事を維持するとともに、エンドユーザーのお客様にもあらたな視点で漆を感じていただこうというのが狙いです。 今回ご来場いただいたお客様からは「やっぱり漆はきれい」「もっといろんなことができそう」 という感想をいただきました。いまどきの若い学生さんからは、精巧につくられた小さな漆塗りアトマイザー (香水入れ)をみて「これ、やばいよ~」と最近の「ほめ言葉」をいただいたのが印象的でした。
今後の漆器開発に期待するお客様の共通意見としては、実用性とデザイン性の両立です。 「実用性」とは自分でも使ってみたいし、他の人にもぜひ使って欲しいという気持ちになる部分です。 「デザイン性」は見た瞬間の「かっこよさ」「かわいらしさ」です。そして値段です。 商品と値札に加えて漆の価値、本質のところをご理解いただければご購入いただけることを感じました。 私どもでは、厳しい時代においても「お客様に買っていただけるための価値づくり」の努力を惜しまないこと が大切である考えています。
(山本泰三)
■展示会「漆×美 展」の様子はこちら http://www.yamakyu-urushi.co.jp/news/event/20090604-1/
今回の展示会で紹介した「漆による新たな価値創造」の一部