産地の漆器づくりは、各工程を複数の職人が担当する分業制によって行われています。 それぞれの工程では、その日の仕事をしっかり行うための準備作業、そして、 その日の仕事を終えて次の日の仕事に備える片付けがあります。 こうした日ごろの準備と片付けは「生きている漆」を扱う漆器づくりでは特に大切な部分になります。 今回からは、仕事のはじめと終わりに着目して職人の1日を簡単にご紹介いたします。
今回は、下地職人が「本堅地(ほんかたじ)」の作業を行う場合の準備と片付けです。
(下地については113回~116回ご参照)
■漆の準備
作業で使う分の下地漆を「砥の粉(とのこ)」「生漆」「米糊」をヘラで練り合わせ、最後に「地の粉」を混ぜてつくります。時間が経つと空気に触れている面が黒くなります。
■道具の準備
ヘラはある程度「しなる」くらいでないと使いにくい為、定期的にヘラが程よくしなるように小刀で薄く削ります。また、使っていくうちにヘラ先が丸くなったり、割れてしまった場合にも小刀で削ります。
■道具の片付け
ヘラが漆で固まらないよう、ヘラについた漆を揮発性の液体(揮発油やガソリン)をつけて布でこすって丁寧に落とします。
道具をしっかり片付けることは、次回の作業を効率的に行うために大切な要素になります。
仕上げの塗りを行う上塗り職人は、まず仕事の前に、使う漆の中の不純物(小さなホコリやゴミなど)を取り除く 「濾す(こす)」という準備作業からはじめます。「濾紙(こしがみ)」をつかって濾過(ろか)し、 漆が少ないときは紙で包んでねじって絞り出すように濾します。濾紙には合成繊維の入った紙を使用し、丈夫できめの荒いものを使います。
職人が器を持って塗るときに、通常器にツクと呼ばれる棒状のものを一時的に吸着させて、 そのツクを持って作業します。ビンツケ油をだんごにしたものが接着剤になるので、 作業の前には、使用するツクにビンツケ油をつける準備作業があります。ビンツケ油とは蝋(ろう)と油を熱し、 練りあわせたものを冷まして鈍器で叩きながらこねたもので、使い終わっても何度でも繰り返しつかえます。 (ツクについては第27回ご参照。)
上塗りの仕事はハケを使って行いますが、漆のついたハケをそのままにしておくと、漆が固まり、 次回以降、使い物にならなくなります。そこで仕事が終わったらハケに油をつけて、ヘラでしごいてハケの間に残っている漆を完全に取り除きます。
少しのホコリやムラもなく、美しい光沢を放つ漆塗り仕上げの仕事には、日々のこうした準備と片付けが重要な要素になります。
「蒔絵(まきえ)」は、筆を使って漆器の表面に漆で文様を描き、金・銀などの金属粉や色粉を蒔(ま)きつけて付着させる技法です。 蒔絵職人の仕事では、上塗り職人と同様に、使う漆の中の不純物を取り除く「濾す(こす)」という準備作業、 仕事が終わったら筆に油をつけて、漆を取り除く片付け作業も行います。以下は、蒔絵を描き始める直前に行う準備です。
■拭きとり作業
最初に製品を乾いた布で拭き、表面の手垢、ホコリ、小さなゴミなどを綺麗に取り除きます。この作業をしっかり行わないと、後で描いた絵がはじいてしまい、失敗につながります。
■型紙
薄くて丈夫な型紙に顔料(黄色)で元画を描きます。何度も使っていると破れてしまうので、その都度新しい型を用意しておきます。
■型紙を使って跡をつける
型紙についた顔料を商品に押しつけるようにして写します。商品に写ったラインは蒔絵を書く際のガイドになります。
漆は温度や湿度によって乾き具合がかわるため、漆に粉を蒔きつける蒔絵は長年の経験やノウハウが生かされる仕事です。職人はその日の気候にあわせて、蒔絵仕事の段取りを考えながら準備をします。
漆を塗り重ねていく作業の間に行う「研ぎ」は、水とペーパー使って行います。 家族で仕事をしている職人の家では、ご主人が漆塗り、奥さんが研ぎ仕事をしているところが多く、 作業で汚れないよう奥さんがエプロンをしながら研いでいる姿がみられます。 (研ぎについては93回~96回ご参照)
研ぐための準備としては、水および数種類のペーパーを用意します。 また、研いだ後の「研ぎカス(ゴミやクズ)」をふき取るための布や細い棒、 最後に水洗いする為のスポンジも用意します。水は温度によって乾き具合が異なるため、 職人によってお湯と水を使い分けます。轆轤(ろくろ)を使って研ぐ丸物(お椀など)の職人は、 すべり止めに布を用意し、包帯上に親指に巻いて使います。代わりに手袋を使う場合もあります。 轆轤で研ぐためには事前に椀の形にあった型を木工所などに作ってもらいます。
研ぎ作業が終わったあとは、日のあたらないところで数分から数十分乾かします。 最後に水を捨て、まだ使えるペーパーは大切に片付けておきます。(山本泰三)