今年7月、東京の小学校で夏休み課外授業として 「うるし博士になろう」と題した課外授業を開催しました。 このテーマに興味を持って集まった1年生~6年生の子供たちからは、 はじめて知る漆についてさまざまな質問をうけました。 いずれも純粋で、日々漆に携わる私たちがふと考えてしまうぐらい鋭い内容ばかりでしたので、 ここで簡単にご紹介したいと思います。
「なぜ、漆は<うるし>というのですか?」
この問いに対しては、いろいろな説があり、 漆の艶やかな塗り肌の美しさをあらわす意味で「麗し(ウルハシ)」「潤し(ウルオシ)」から ハやオが抜けたという説が一般的であることを子供たちには説明しました。 他にも、水に濡れたような潤いと光沢ある汁をさして「潤汁(ウルシル)」が転化したという説や 「塗る汁(ヌルシル)」が変化したとする説、「潤師(ウルシ)~艶や光沢を出す仕事をする人の総称」から きている言葉など、まだまだ多くの説があるようです(「漆とジャパン」(三田村有純著)より)。 いまだに正確な語源がわからない漆ですが、これも、古くは9000年前から日本人に親しまれ、 なじみ深い塗料であることのあらわれではないでしょうか。
☆ 開催した課外授業についてはコチラ
小学生を対象に開催した夏休み課外授業「うるし博士になろう」では、 漆器の素材が木製か樹脂製かを見分けるために材質の違うお椀を水に沈める実験をしました。 見た目は同じお椀でも、木製のお椀は水に浮き、樹脂製のお椀は沈むことで素材の違いがわかることを説明しました。 実験終了後、ある小学生から質問がでました。
「お店で買うときには、どうやって見分ければいいのですか?」
確かに、お店に並ぶ新品の漆器を勝手に水につけたら大変です。 見えるところに素材表示がない場合は「まずは、お店の人に聞いてみよう」と子供たちに説明しました。 お店の人が必ずしも漆器の素材まで理解しているとは限りません。 そのときは、漆器メーカーが商品に添付する「法定品質表示」を箱のシールやしおり等でチェックすればよいのです。 小学生から漆器の素材についての質問が飛んできたときの店員さんの驚く顔が目に浮かびます。 真正面からどんどん聞いてみることで、店員さんの漆器の知識も向上することでしょう。
☆ 水に浮かべて判断する方法については コチラ
課外授業のあとに、小学3~4年生ぐらいの女の子から、 「何回漆を塗ったら、良い漆器になるのですか?」という質問をうけました。 この女の子には「漆を塗る回数が多い=良い漆器」というイメージがあると思われる質問でした。 時々、大人のお客様からも聞かれることがあるのですが、気になるのは、「良い漆器」の定義です。
一般的に、漆器は「何度も漆を塗り重ねるもの」というイメージが強いので、 回数に意識がいきがちですが、実はこの塗り重ねる工程一つ一つに意味があり、 回数だけでは漆器のつくり方を説明できません。 たとえば、素材が木製の場合、大きく「下地→中塗り→上塗り」という塗りの工程があり、 それぞれの工程の中でさらに塗り方や材料が細分化されています。 伝統的な「本堅地(第114回参照)」のように下地が何工程にも及ぶ技法は、 より堅牢さが増して丈夫な漆器が完成しますが、時間と労力がかかるので価格が高くなります。 高価な漆器=良い漆器という考え方もありますが、 普段使いできる程度の強度とリーズナブルな価格を求めるお客様にとっては、 スペック(技術仕様)が高い漆器が必ずしも「良い漆器」とは言えません。 「良い漆器」かどうかは、使う人のニーズにより異なり、 回数だけでの判断は難しいというのが、私の回答です。
小学6年生の女の子から「お椀に高台がついているのはなぜですか?」という質問をうけました。 高台(こうだい)とは、器の底につけられた丸い台のことですが、 小学生が「高台」という言葉を知っていることに拍手をしたい気分になりました。 高台は漆器のお椀に限らず、焼き物の茶器など手に持って使う器全般にみられます。 茶器の世界では形状によって細かく高台に名前がついているようです。
私が以前に調べた範囲では、機能面とデザイン面以外は高台の存在理由が見つかりませんでした。 もっと深い理由や経緯があるのかもしれません。
機能面では、手に持ったときに指がひっかかり安定すること、 お椀に熱いものをいれても熱が直接手に伝わらないこと、 特に吸物椀のように蓋付のお椀の場合に蓋をあける際のつまみとして必要で、 蓋をひっくり返せば皿として使えることなどが高台の役割です。また高台の高さ、 大きさ、形状次第で、お椀のデザインの幅が広がるということも理由にあるかと思います。
なお、お椀の高台は後からくっつけるのではなく、 木地をろくろで製作している段階でお椀の一部として形になります。 後からつけたように見えるほどの見事な職人技です。
(山本泰三)