漆器産地のギョーカイ用語 Vol.21~27

「やせがくる」

完成した漆器は、年月がたつと、漆を塗った表面に素地の木目がうっすら浮き出たような状態になることがあります。素地に使われている木の水分や塗られた漆の中の水分が微量ずつ自然に蒸発していくことで起きる現象です。このことを産地では「やせがきた」といいます。おそらく動物でいうと痩せて骨格がみえてくるようなイメージからこの言葉が生まれたのではないかと思われます。無地の商品は特に「やせ」が目立ちますが、漆器が年月とともに表情をかえていく自然な現象です。ただ、あまりにも気になるときは、修理に出していただき、塗り直しを行います。時間をかけてゆっくり塗り重ねてつくった漆器であればあるほど、その工程で木地や漆の水分がぬけるので、完成したあと「やせがくる」確率が極めて低くなります。当社では工程ごとに時間をかけてものづくりをするよう心がけています。

「尺と寸」

尺貫法は、古くから日本の大工さんの世界で使われてきた長さの尺度ですが、メートル法が普及している現在においても、漆器の産地では尺貫法をつかって商品の大きさを表現しています。建築と同様、木材を加工してつくる漆器業界ならではの表現方法といえるでしょう。日本の場合、1尺は10寸で、約30.303cmに相当しますので、「6寸の重箱」といったら、四方が約18cm、「尺1のお盆(正確には1尺1寸のお盆のこと)」といったら直径が約33cmの商品を指します。メートル法が普及している現代ですので、使い慣れた方でないと、尺貫法で表現してもすぐには大きさのイメージができないのですが、漆器の産地においては、当面、尺貫法での表記がなくなることはなさそうです。

「漆がなまる」

漆が適度な湿度と温度によって乾くことは、このコーナー(17回~20回)でご説明しましたが、適さない状態で乾燥させようとすると、その後どれだけ日数をかけても二度と乾かなくなるという状態になります。産地では、この乾き損なった状態を「漆がなまる」といっています。語源は「生(ナマ)」からきているようです。漆は水分を蒸発させて乾燥するのではなく、空気中の水分と漆の中の酵素が空気中の水分から酸素を取り込んで酸化反応を起こすことにより液体から固体になります。塗り上げたあと、適さない環境下で乾かそうとすると、この酸化反応が二度と起きなくなるのです。漆がなまると、それまで素地職人や下地職人が積み重ねた作業がすべて無駄になってしまうので、最後の仕上げをする上塗り職人は、湿度と温度には細心の注意を払っているのです。

「漆がちぢる」
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前回ご紹介した「漆がなまる」が乾き損なった状態のことを指すのに対して、湿度が高すぎて漆の成分が急激に固まって乾き過ぎの状態となり、漆で平らに塗った表面が縮れてしまうことがあります。湿度や温度が高い梅雨の時期に多く発生するこの状態を「漆がちぢる(縮る)」と呼んでおり、天然漆が生き物と呼ばれる所以です。職人さんごとに異なる仕事場の環境の下で「ちぢる」確率を減らすためには、長年の経験にもとづく職人さんの腕の見せ所といえます。一度縮れてしまった場合、縮れた部分の内側はじくじくとしていて漆が乾いていない状態なので、十分に時間をかけて乾かしたあと、縮れた漆の表面を平らに削り、補修した上で再度上塗りを施します。

「風呂に入れる」

漆器を適度な湿度と温度に保つ保管庫「漆風呂」については、このコーナー(第20回)でご紹介いたしましたが、なぜ風呂というのでしょうか。もともとは、家の中で最も湿度があるのが、お風呂場であったことから、そのお風呂場の代わりになる保管庫ということが語源のようです。漆風呂ということばに慣れている産地では、自宅の食器棚のことも「風呂」と呼んでいる家庭もあります。
誰でも簡単に作れる「漆風呂」としては、内側を霧吹きなどでぬらしたダンボール箱に漆器を入れて乾かす方法があります。漆器づくりを趣味にされている一般の方が、自宅などで比較的簡単な技法で漆器をつくられる場合などにお勧めしています。

「風呂をシメす」

漆器を乾かすための「漆風呂」に関連する言葉として、湿度を維持するために風呂の中を濡らして湿気を与えることを「シメす(湿す)」といいます。漆風呂をシメす方法には、塗れた布などをぶら下げて湿度を維持する他に、やかんから口移しで水を含んで「プッ!プッ!」と吹きかける職人もいます。シメすために使う水の中に、日本酒をまぜると乾きが早いといわれています。また「大根のゆで汁を混ぜるといい」という説もあります。大根のゆで汁は温度を保って冷めにくいというところに理由があるようで、言い伝えによると、昔はどこの職人の家でも大根をゆでたそうです。風呂をシメすためにゆでた大根を近所に配り、それを料理に利用しようと考え出されたのが「ふろふき大根」だとか。「うそ~!?」と思うようなお話ですが、実はふろふき大根の名前の由来のひとつとして、お手元の辞書などでも紹介されているお話です。

「ツクと返し」

漆を塗る際に、器物(椀など)を手で直接持たずに、「ツク」と呼ばれる棒状のものを一時的に器物につけて、ツクを持ちながら塗ります。ツクはそのまま漆風呂の中にセットできるような形状になっていて、漆が乾燥するまで、器物にツクをつけておくことになります。漆は肉持ちがよく、乾きがおそいので、漆風呂に入れた後、そのままにしておくと引力で「垂れ」がおきるので、時々ツクをセットした状態で、ひっくり返す作業が必要になります。これが「返し」です。近代化の流れの中で、漆風呂の中がタイマーで回転し、自動的に返すのが一般的になりましたが、一昔前は「手返し」といって、人の手で定期的にひっくり返して乾かしていたようです。器物にツクをつける接着剤としては、ロウと菜種油などを練り合わせてつくったビンツケ油をダンゴにしたものを使いました。漆風呂の中で乾燥中にツクが外れて商品がダメになってしまうことがあるので、職人はツクをつける際には十分に注意を払うようにしています。
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